「本当の自分」をあきらめた瞬間

徒然

すごく覚えていることがあります。

私は絵が得意でした。
そして好きでした。

小学校のころは全然勉強できなくて、
でも絵だけができました。

小学校の頃に入選も果たし、
特にデッサンが得意でした。

マンガも書いてる時期があって、
本気でマンガ応募しようとしてたこともあった。
(結局うまくかけずボツに)

だけど・・・。

中学生になったときに、
自分よりうまい人に出会うのです。

今なら、うまいだけが上ではないことはわかります。
うまいだけで食べていけるとも限らない。
逆に下手でも個性で売れるかもしれない。

でもその頃は、「うまい」が絶対的だった。

と、同時に、
絵では食べていけないから
と父に言われたのです。



結構素直な子だったのでね。

「そうなんだ。。。」って思いましたね。
それからは、父に言われた通り
勉強を始めます。

「勉強しなさい」
「はい」


ってかんじで始めてて、
今考えると、私ってなんて素直!?(笑。

勉強をまじめにやりだして、
今の自分がいることは
とてもありがたいことだし、
(やらなきゃめちゃくちゃバカだったので)
感謝もしています。

ですが、
同時に、
絵は私の個性だった
と思うので、
絵をあきらめ、しばらくそれを封印してきたことは
ほんとうに長年くすぶってました。

(でもそこであきらめた時点で
それまでだったのかもしれないけどね。)

その思いは今もあって、
もう絵は思うように描けないけど、
違う形でアートを世に残す仕事は
できてます。

でね。

今息子たちを見ていて思うのは、
上の子は夫
下の子は私
に似ている。

下の子は感性の子で、
私の感性をくすぐってくるんです。

「あぁ、そういえば私もそんなこと思ってたよな。」って。

夫や上の子は、感性なしなので、
「また変なこと言ってる」ってかんじだけど、
私も同じ扱いを受けてきたので、
すごくわかる。

私の父も感性なしでした(笑。

だからね。
私がわかってあげて、
そこを大事にしてあげなきゃな、って思うんですよ。

そこを「何言ってんの!?」なんて言って、
「普通の感覚」でその「感性」をつぶしたくない。

そう思います。