美しいものへの目覚め(1)

徒然

今日から、少しずつ自分の過去を紐解いていこうと思う。

美しい物への目覚め(1)

趣味は石集め

私は高校まで、とっても田舎の港町にすんでいた。
家の目の前には港。

幼いころはまだ家の前も舗装されてなく、
本当に何もないところだった。

小さな世界だった。


私は一人っ子で、なかなかお友達とも
タイミングよく遊べない子だった。

アパートの外にある砂場で
よく一人で遊んでいた。

母は、「一緒に遊ぼう」と言っても
「家のことしてからね」と言って
なかなか来てくれなかった。

大人からしたら、短い時間でも
その待っている時間はとても長かった。

一人っ子なので、
一人遊びは上手になっていった。


その遊びの一つとして、今、思い出すのは、
石集め。

とにかく家の周りは砂利道。
アパートの裏にはバス会社があって、
そこの砂利でたくさん石を見ていた。

あるとき、白くて半透明な石があることに気づく。
うろ覚えだが、
見つけては拾って持って帰っていった。

母は「油石だよ」といった。


でもさ、
今調べても油石って検索して、同じの出てこないんだよ。

多分、調べた感じだと、
「石英(セキエイ)」っぽい。

港が目の前にあるから?
誰かが捨てたのかな?

何もない田舎で
何も知らない子供だった頃
これはとてもきれいな石に思えて、
キレイに洗って保管してた。


思えばこのころから多分変わってて、
普通の女の子じゃなかった。
(石とか拾わなくない?(笑))

家で寝そべって、雲を見ていたら

こんなこと、なかっただろうか?

私は家の窓辺で寝そべっていた。
やることがないとか、
ぼーっとしてたとか、
そんなんだったと思うけど。

空をず~っとみてると、
雲が少しずつ動く。

「あぁ、雲が動いてるなぁ」

じゃなかった。

「あぁ、私が動いてるなぁ」

だった。

ず~っと見てると、
自分の家の方が動いてるように見える。

あぁ、うちが少しずつ進んでる・・・
船みたいに・・・・

って遊んでた。

港町の夕日

まぁ、そんなことをしていたのは低学年だろう。

成長するにつれ、
やらなくなったなぁと思う。

学校でも浮いてた。
今の時代だったら、もう少し受け入れてもらえたかもしれないが、
あの時代、そして田舎。

人と感覚が違う。
思うことも言うことも違う。

いつしか私は変人扱いになっていった。

でさ、それがダメだって思うんだよ。
物心ついちゃうと。
そこから、周りの目が気になりだして、
もう高学年になったら

「変わってる私」
「個性的な私」

は隠すことになっていく。

そんな中、今度は夕日が好きになる。

日本海側に住んでいて、
目の前が港なので、
太陽は港に沈む。

太陽は、日々いろいろな空模様を演出し
真っ赤に空が染まった日は
港まで出ていったっけ。(うちから50mぐらい(笑))

今度は、それを記録に残したくて、
インスタントカメラに目覚めるんだ。

そこから私のカメラ歴は割と長く続いた。
カメラの話はまた今度しようと思う。

こんな風に、
思えば割と小さいころから、
美しいものが好きだった。

というか、自然が好きだった。
(自然しかないから、っていうのもあるけど)